モハメッド殿下

UAE副大統領、ドバイ首長、UAE国防大臣のシェイク・モハメッド・ビン・ラーシド・アル・マクトゥーム(1949年生まれ)はイギリスで高等教育を受けた後、1971年に、アブダビ、ドバイ、シャルジャ、アジマン、ウム・アル・クワィン、フジャイラの6首長国からなるアラブ首長国連邦(翌1972年、ラアス・アル・ハイマが加入。以下UAE)の誕生と共に国防大臣に就任しました。世界最年少の国防大として、1973年ドバイ空港で赤軍派事件のハイジャック犯と直接交渉したことでも知られ、当時からUAEの軍事とドバイの内政に、指導者としての才覚を発揮してきましたが、1990年父上シェイク・ラーシドの死去により、長男のシェイク・マクトゥームがドバイ首長・UAE副大統領に、三男のシェイク・モハメッドがドバイ皇太子の座につきます。そして2006年1月シェイク・マクトゥームの急逝により、モハメッド殿下はドバイの新首長に任命されました。
■ 偉いお方の名前
ところで、UAEの偉いお方の長い名前について、モハメッド殿下を例にとって解説してみましょう。シェイク・モハメッド・ビン・ラーシド・アル・マクトゥームの、シェイクは英語のHis Highness、日本語の殿下に相当する、皇族・王族男子に対する敬称で、モハメッドは名、ビンは○○の息子、アルは△△家の意味で、つまり「マクトゥーム家のラーシドの息子のモハメッド殿下」とあいなります。どなたも同じような長い名前も、この法則を理解すると案外分かりやすいものです。

■ ドバイの発展とモハメッド殿下
モハメッド殿下は早くから「脱・石油依存」を目指し、明確なビジョンのもと、ドバイを湾岸の商業と観光の中心地として確立するべく、積極的に海外からの投資を受け入れ、今日中東のみならず世界のハブ都市として成長したドバイの礎を創りました。エミレーツ航空、24時間フル稼働のドバイ国際空港はじめ、★7世界最高のホテル、ブルジュ・アル・アラブ、椰子の木型の人口島ザ・パーム、数々の大型国際イベントの誘致等々、ドバイの斬新かつ奇想天外なプロジェクトの殆どは、モハメッド殿下の発案になるものです。そうです、モハメッド殿下は「世界一、世界唯一、世界初」がお好きなのです。そして何でも世界一がお好きな殿下にもう一つ「世界一”濃いお方”」の称号を捧げたいと思います。(写真参照) 第一回ドバイ・ショッピング・フェスティバルの、目玉イベントとしてスタートした、ドバイWCも例外ではありません。そうです、ドバイWCは世界最高賞金額と共に、ドバイを世界に向けて宣伝するためのイベントなのです。イスラムの国UAEではギャンブルは禁止されているため、競馬は盛んでも馬券の販売はありません。しかしその経済効果を考えると、馬券はなくとも充分にもとが取れているのです。モハメッド殿下とマクトゥーム一族は、競馬で利益を出そうとはしていない、ドバイとドバイの競馬を世界に知らしめることで、さらにゴルフ、サッカー、ヨット・レースなどの国際イベントを誘致して、ドバイを中東のみならず、世界のスポーツ・キャピタルとして確立させることに、多大な情熱を傾けているのです。 現在のドバイの発展はドバイWCと共にあるといっても過言でありません。私はその過程をリアルタイムで見てきましたが、ドバイWC以前のドバイは、すでに都市として形成されていた首都のアブダビと較べて、観るべきものも特にない退屈な街でしたが、ドバイWCがスタートし、年を追うごとに発展し続け、世界有数のリゾート地として、近年ドバイの発展は特筆すべきものがあります。
★ イントロ
★ 世界一リッチな競馬レース
★ 若手騎手の活躍と日本調教馬の参戦
★ モハメッド殿下 (このページ)
★ ゴドルフィンとフランキー・デットーリ
★ プレイベント
★ 馬券がなくても楽しめる
★ 来年の展望
■ 写真について
1. ザ・パーム:Nakheel ナキール社提供
※その他の写真については全てMIYOKO Akiyama撮影