世界陸上大阪「OSAKA2007」を観てきました!


   

  (左)レセプションで挨拶する、IAAFラミン・ディアク会長
  (右)レセプションにで、ディアク会長の娘でワールド・バンクのアジャ女史(左)と妹のミミ

 
 8月30日(木)〜9月2日(日)まで、IAAF国際陸連ラミン・ディアク会長のご招待を受けて、大阪長居陸上競技場で世界陸上を観てきました。ディアク会長の息子と娘たちは私の友人です。だからIAAF会長職に就く以前からお父さん(私はそう呼んでいます)のことは知っていました。
 息子の1人、パパ・マサタはスポーツ・マーケテイング会社の社長です。2002年W杯で旋風を起こしたセネガル代表チームとブルーノ・メッツ監督(当時)を支えて、新しいアフリカのイメージ作りをしたのがこのパパ・マサタでした。残念ながら彼が離れた現在のセネガル代表にはかつての輝きは感じられません。最近はサッカー関係の仕事は縮小して、父親であるディアク会長に影のように寄り添って…と言うには、相撲か砲丸投げかと見紛うような体型は、どこにも隠れようがありませんが…高齢のディアク会長を支えて、秘書的な仕事をすることが多くなっています。
 長居競技場は世界陸上用に改装されたせいもあり、今まで見慣れたセレッソ大阪のホームとは全く別の雰囲気になっていました。事前の報道ではチケットの売り上げが芳しくないと言うことでしたが、仕事の関係で、TV観戦していた前半は特に空席が目立ちました。カール・ルイス、セルゲイ・ブブカのような超弩急のスーパー・スター不在で陸上自体の人気が下降気味、日本選手が振るわなかった、など観客動員が芳しくなかった理由があげられますが、一番の原因はやはりチケットの高さではないでしょうか。91年の東京大会では一番安い¥2000の席で観戦したように記憶しています。

 

   

  (左)レセプションにて、IAAFセルゲイ・ブブカ副会長と私
  (右)スタジアムにて、ディアク会長の息子たち。(左から)セイドゥ、パパ・マサタ、ムスタファ、モハメッド

 
 日本選手の不振については、冷静に考えれば、メダルの可能性があったのは、ハンマー投げの室伏選手と、女子マラソンくらいだったと思います。「大阪夏の陣」とやらで、日本選手に対しての過剰な期待が→メダルが取れればいいな→メダルに手が届くかも→メダル確実と、選手に言い知れないプレッシャーを与えたことが「期待はずれ」の原因だと思います。それでも、地元開催でメダルなしでは何だかなと思ってしまうのが人情と言うものです。9月1日の競技終了後、有森裕子さんと少しお話する機会がありましたが「明日の女子マラソンで、何とかメダル獲得を祈るばかりです」と漏らしておられました。
 有森さんと国民の願いが通じてか、土佐礼子選手が見事銅メダルを獲得しました。まさに悲願のメダルと言う訳で、大阪では号外が出ました。これで日本陸連も、大阪府もなんとか面目を保てたようで、土佐選手どうも有難うございます!

 

   

  (左)スタジアムVIPゾーンにて、パパ・マサタと私
  (右)閉会式を終えたディアク会長夫妻

 
 パパ・マサタはお父さんと、大会終了の翌日か翌々日、神戸で「神戸ビーフ」を食べようと企んでいましたが、その計画は敢えなくボツになってしまいました。大会は終わってもディアク会長にはミーティンや記者会見のスケジュールが入っているのです。諦めきれない彼は「また11月に親父と日本に来るから、その時は絶対神戸に行くよ」と言い残して、エミレーツ便で離日しました。ドバイで数日休暇を過ごしてからセネガルに帰ると言うことでした。「お父さん、パパ・マサタ、11月に神戸でね!」

MIYOKO Akiyama (2007-09-05)
 
■ 写真について MIYOKO Akiyama撮影